聖地巡礼のバイク旅

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「鈴鹿8耐 2023」自宅観戦記

ご訪問ありがとうございます。

さて、一昨日(8月6日)は「"コカ·コーラ" 鈴鹿8時間耐久ロードレース 第44回大会」(以降は、単に8耐と言います)でした。今回はそんな話をブログに書いてみました。

レース結果のことは皆さん既にご存知だろうと思いますが、今回のブログは僕の備忘録みたいなもの。数年たった時に読み返して、この時を思い出して懐かしもうと思います。

なお、今回のブログではTwitter(Xとは言いません!)の埋め込みを多用しています。お世話になります。ありがとうございます。

 

 

 

風よ、鈴鹿へ

僕が大学生だった頃は、自宅には80ccのスクーターがあっただけで、今のように「バイクに乗ってます」とはとても言えない状況でしたが、チーム・シンスケの8耐挑戦には熱中していた思い出があります。

 

【チーム・シンスケ】

タレントの島田紳助さんが中心となり、当時のベテランレーシングライダー千石清一さんを鈴鹿8耐で走らせるために1985年に結成された、オートバイのレーシングチーム。
ライクアウインドにも出演していた土建屋よしゆきさんもチームスタッフとして参加していた。

1986年から1995年までの10年間、8耐に参戦し、95年を最後に活動を終了。(その後、2011年に1年のみ復活参戦)

 

このチーム・シンスケの参戦の記録は「風よ、鈴鹿へ」というタイトルで書籍化され、後にテレビドラマにもなりオンエアされましたが、もちろん本も読んだし、どのドラマも観たし、この時のチーム・シンスケの参戦の模様はテレビでも放送してたし、雑誌なんかでも特集を組んでたりしていたので、それなりに応援もしていました。

そして、そのチーム・シンスケを応援するために、鈴鹿市にある親戚宅で前泊して8耐を見に行ったわけですが、(当時はF1もそうですが)、鈴鹿サーキットの周辺道路が大渋滞し、帰りにものすごい時間がかかった記憶があります。

そんな記憶があるので、以降はクーラーの効いた部屋で、ワインを飲みながら観戦することにしています(笑)

今回も自宅にて、毎年恒例のコカ・コーラ社製のTシャツを来て、ワイン、ピザ、チーズ、そしてコカ・コーラを用意し、クーラーのガンガン効いた部屋でチェッカーフラッグそして表彰式まで観戦させてもらいました。

【余談ですが】

僕がコカ・コーラに入社したのは、いつかは8耐の仕事に関われるかもしれないと思ったことも志望動機の一つでした。

会社としては、レーススポンサー事業に加え、本田技研さんやモビリティランドさんともお付き合いがあったし、新入社員の車両運転研修は鈴鹿サーキットに隣接した交通教育施設で受講しました。その講習修了のご褒美は「ホンダシビックで鈴鹿サーキットを3周できる」というものでした。

ちなみにこのTシャツは、昔の仲間に無理を言ってタダで貰ったものです(笑)

 

 

推しチームはない

前述の通り、昔は「チーム・シンスケ」を応援していたわけですが、以降の8耐では特定のチームを応援することは無かったです。

とにかく、灼熱の鈴鹿サーキットで2人(昔はライダーは2人限定でした)のライダーが8時間を走り切ること自体が凄いことなので、どのチームを応援するかというより全チームが8時間を走り切ってほしいという思いの方が強かったと思います。(これは正直な気持ちです)

つまり、特定のチームの応援というより、8耐というイベントが好きということでしょうね。

ちなみに、8耐以外のレースは「ライクアウインドGP」と「全日本カブ耐久レース」以外はほとんど興味がありません。まあMOTO GPをたまに見るくらいですね。

 

 

でも今年は・・・

こんなことを言っていながら、今年はあるチームを応援していました。

それは「オートレース宇部レーシングチーム」

チーム自体の活動拠点は三重県鈴鹿市にあるそうですが、運営母体は「オートレース宇部」なので山口県宇部市です。

 

このチームは、2022年(昨年)に結成されたばかりの新興チームだそうですが、詳しい経緯はよく分かりませんが、ライクアウインドからは“かすみん”(たはらかすみさん)がこのチームの8耐レポーターに就任し、現地からチーム公式SNSを発信していくということになったことを知りました。

 

それに、番組の名曽野来太プロデューサーも「ライクアウインドとしてオートレース宇部レーシングチームを応援しています」という趣旨のコメントをSNSで発信しておられました。

であるならば、これは番組ファンとしては同じようにこのチームを応援しないわけにはいきません。

 

加えて申し上げると、僕はこれまでに仕事で何度も山口県宇部市に行かせてもらいました。

なので、宇部市には知り合いがたくさんいるし、琴芝駅や宇部新川駅(いずれもJR宇部線)周辺の居酒屋にはかなり行きましたし。

これはご縁としか言いようがありません。

というわけで、今年はゼッケン76の順位をずっと気にしながらテレビ画面にかじりついていました。

 

レースの模様

まずはヨシムラのロケットスタートに沸いたスタート。さすがでした。

そして第一コーナーで1台がコースアウトし波乱の幕開けで、さらには、まさかのYART YAMAHAのマシントラブルには驚かされました。

その後、終盤までは大きなトラブルは無かったように思いますが、チーム長野がバックストレッチで接触・クラッシュした後にセーフティーカーが入ったり、(残り1時間半くらいの時だったかな?)雨が降り出して、各チームともタイヤ選択に苦慮したようです。やはり、8耐。何事も無く終わるってことは無いようです。

 

そのタイヤの選択ミスが影響したのか、ヨシムラのまさかの転倒があったり、雨が降ったり止んだりの中、各チームともペースダウンが相次ぎ、終盤の順位の入れ替わりは目まぐるしいものでありました。(その中で清成選手だけは違う世界にいました)

結局は、HRCの一人旅が続き2連覇を達成。表彰台はホンダが独占したようですね。

 

チーム長野に感動

そんな中、この時のチーム長野には感動しました。

前述の通り、バックストレッチで前走車に接触したような感じでの大クラッシュ。

マシンは大破したし、ライダーも無傷ではなさそうだったので絶対にリタイヤだと思っていました。

しかし、マシンは見事にピットに戻り、そこから歴史に残るであろう大修復が始まりました。

 

そして2時間後、見事にマシンは修復されて見事にコースに復帰。そんなチームを称えるかの如く、スタンドは白いライトで一色に。これは美しい光景でしたね。

結果としては完走扱いにはならなかったようですが、チェッカーを受けたことは事実。

見ていた人は全員が感動したと思いますよ。

 

宇部は5位入賞

そして、応援していたゼッケン76・オートレース宇部レーシングチームは、初出場ながら大健闘の5位。

一時は3位を走っていたので、雨の影響と給油の際のトラブルが無ければ、表彰台に手が届いたんじゃないかと思えるくらいでした。

元々は、ライダー3名体制でしたが、一人(ハフィスシャーリン選手)がテストかなんかの時の怪我で走れなくなり、ダン・リンフット選手と津田拓也選手との2名体制でこの過酷な8耐に臨んできました。

3名体制と比較すると、一人あたりの走行時間は1.5倍です。そしてこの暑さ。

雨天時を除き、最後までペースを落とさずに完走できたことに感動が止まりませんでした。

素晴らしい結果だったと思います。

 

 

なんか、ついでっぽい書き方で恐縮ですが、かすみんも頑張ってレポートしてくれていました。お疲れ様でした。

 

レースの模様は、YouTubeで配信されていますので、コチラをご覧頂こうと思います。


www.youtube.com

 

 

ブログ後記

僕がはじめて8耐を知ったころ(1980年代後半)と比較すると、マシンの排気量が違いますね。当時のマシンはナナハンでした。レギュレーションも異なっているし、コースも改修されていますが、やはり8耐は8耐。

ライダー達を称える花火が上がるときの感動には変化がないですね。

 

では、最後にサザキヒロシさんが歌う「8耐」へのリンクを貼り付けて今回のブログをおわります。

僕は、毎年、ライトオンボードが出た直後にこの曲を聴くことにしています。

 

選手の皆さん、今年も暑い熱い戦いを見せて頂き、感動をありがとうございました!


www.youtube.com

 

(おわり)

 

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