聖地巡礼のバイク旅

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だんじりの聖地~泉州・岸和田~をちょこっと走ってみた


こんにちは、今日もご訪問ありがとうございます。

前回のブログで泉州・二色浜へお弁当プチツーへ出かけた時の話を書きましたが、今回はその続編です。


だんじりの聖地
その二色浜からの帰り(もちろん往路も)は必ず泉州・岸和田を通ることになります。
二色浜がある貝塚市と岸和田市はお隣同士なんです。

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そして岸和田と言えば「だんじり」

 

大阪を中心に関西にはだんじりの文化がある地域が多いですが、やはり岸和田(特に旧市と言われる地域)はその頂点と言っても過言ではないでしょう。

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我が地元(東大阪市の某地区)にもだんじりがあり、秋祭りで地域内のだんじり曳行をしています。

僕も生まれつきその文化にどっぷりつかって生きてきた人間ですが、やはり岸和田のだんじりは別格中の別格として畏敬の存在です。

つまり僕にとって(多分、僕だけじゃないと思いますが)は、岸和田はだんじりの聖地と言うべき場所なのです。


岸和田城

せっかく二色浜まできたのですから、帰り道で岸和田を素通りすることなく、その聖地・岸和田の中でもさらに聖地と言うべき岸和田城に寄ることにしました。

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近世の岸和田城の城郭は戦国時代に整備されたようで、当初は5層の天守閣がそびえていたとか。ただ、1800年代に落雷で焼失し、現在の3層の天守閣は昭和29年に再建されたものだそうです。

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ところで、岸和田だんじり祭りの発祥は、ここ岸和田城(三の丸)だという伝承があります。

江戸時代、岸和田のお殿様が京都伏見から稲荷神を三の丸神社に勧請した際、殿様の前で庶民が色んな芸を披露したことが岸和田だんじり祭の起源なのだそうです。

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お城は間違いなく、岸和田市のシンボルでしょうし、だんじり祭りの起源も城内の神社にあるということでやはりここは聖地中の聖地なのでしょう。


こなから坂

岸和田だんじり祭りを象徴するシーンの一つが「こなから坂のやりまわし」

映像や写真で、だんじりが急坂を駆け上がり、その最後に一気に方向転換するシーン(この方向転換をやりまわしと言います)をご覧になった事はあるんじゃないかと思います。


▲YouTubeから引用

こなから坂とは、現在の岸和田市役所の北側にある通りの名で、昔の岸和田城への登城ルート。

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 ▲こなから坂 (右手は岸和田市役所)

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 ▲こなから坂のやりまわし(笑)


だんじり祭りの間も、このルートは宮入をする際の一回のみで、岸城神社へ宮入りするだんじりしかここを通ることはありません。

ところで“こなから”は、漢字では「小半」と書きます。

これは半分のさらに半分という意味で、90度の半分の半分、つまり20度以上の傾斜のある坂という意味らしいです。

実際、今はそれほどの急坂ではありませんが、明治になって廃城になる以前は、小半の名に違わぬ急な坂だったようですよ。



岸城神社で新コロ退散祈願

さて、今回の泉州プチツーのラストは岸城神社参拝

苦しい時の神頼みそのものですが、早期に新型コロナの影響が終息するよう、神様にお願いして帰路につきました。

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(おわり)

 

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