■ 続いて外宮へ
二見興玉神社を辞して向かったのは外宮・豊受大神宮。
豊受大御神について詳しく言及することは畏れ多いのですが、僕自身は水・米・野菜・そして全ての食物を我々に恵んでくださる大地(つまり地球)そのものと思って信仰しています。
ちなみに内宮の天照大御神は言うまでもなく太陽そのものです。
そして豊受大御神は前述の通り地球そのものと考えると、この二神により我々生物は生きることが出来るのであり、だからこそ内宮の天照大御神、外宮の豊受大御神をお参りする時は「何かを願う」のではなく、「心から感謝を申し上げる」のだという考えには心から納得できるのです。
この様な事を偉そうに申し上げるのは僭越極まりないことは承知の上です。そして僕は宗教学者ではありません。さらに言うと、特定の宗教に帰依していることもないし、布教にも興味はありません。
単に神様や仏様を敬い、神仏のご加護により守られ生かされているという漠然とした気持ちが僕が巡礼をライフワークにしているのだという事は申し上げておきたいと思います。
■ 荒御魂と和御魂
さて、神道の考え方の一つに「荒御魂(あらみたま)」と「和御魂(にぎみたま)」というのがあります。これは神様の魂が持つ2つの側面のことです。
荒魂は神の荒々しい側面であり天変地異を引き起こしたり、病を流行らせたりする事もある一方、勇猛な力、向上心、前向きの力でもあります。
一方、和魂は神様の優しく、我々を包み込む平和的な側面と言えます。つまり、一般にいう「神のご加護」とは和魂の表れです。
ここで整理しておきたいことは、内宮も外宮も正宮に鎮座するのはそれぞれ天照大御神・豊受大御神の「和御魂」であるということです。
つまり、我々に命を与え、生きていくことを見守って下さる神様の魂ということです。したがって、前述の通り命を与えて下さったこと、今を生きていることに対して「心から感謝を申し上げる」ことが大切だと思っています。
■ 荒御魂に願いを
前述の通り、内宮・外宮ともに正宮には大御神の和御魂が鎮座されています。
一方、内宮にも外宮にも大御神の荒御魂を祀る社があります。内宮には「荒祭宮」、外宮には「多賀宮」があり、それぞれ別宮の第一位に位置付けられる別格のご神威を持つとされています。
荒祭宮に祀られるのは「天照大御神荒御魂」、その字のごとく天照大御神の荒御魂。
多賀宮に祀られるのは「豊受大御神荒御魂」、同様に豊受大御神の荒御魂です。
多賀宮に祀られるのは「豊受大御神荒御魂」、同様に豊受大御神の荒御魂です。
いずれも、殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさだということで、その別格の度合いが分かるというものです。
ここで申し上げたいことは、叶えたい願いを神様にお願いする時は、内宮では「荒祭宮」、外宮では「多賀宮」において行うべきだという事です。
この事はぜひご参考にして頂きたいと思います。
ちなみに私は、「荒祭宮」でも「多賀宮」においても具体的なお願いはせず、「いつも力を与えて頂き有難うございます」とだけ申し上げることにしています。
■ 外宮のお社
▼正宮(豊受大御神)
▼多賀宮(豊受大御神荒御魂)
▼土宮(大土乃御祖神)…宮域の守護神
▼風宮(級長津彦命・級長戸辺命)…風雨を司る神様で、元寇の際に神風を吹かせた神様
(その他、外宮の名所)
▼一の鳥居
▼手水所
▼参道
▼古殿地…以前の正宮の場所であり、次の遷宮の際に正宮が建てられる場所。
▼三ツ石…御装束神宝を祓い清める場所。手をかざすのはご法度。
この後、内宮に向かいます。
(第3話へつづく)