こんにちは、じゅんれいライダーです。
そろそろ花粉も終わりですね。ようやくバイクに乗ろうという気持ちになってきました(笑)
さて今回は、先日の大阪モーターサイクルショーでのひとコマを採り上げて私見を述べます。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
- はじめに|モーターサイクルショーでの一幕から
- 進化する技術の裏で削ぎ落とされるモノ
- 「効率」の対極にある、バイクという趣味の本質
- 「公的な正解」と「私的な幸福」の共存
- 未来へ繋ぐために、我々ができること
- エピローグ|ITとアナログが共存する10年後へ
はじめに|モーターサイクルショーでの一幕から
3月20日~22日に開催された大阪モーターサイクルショー。
華やかな新型車が並ぶ中、トークショー(テーマは「おいでよ、令和のバイク界隈」)で八代俊二さん(元WGPライダーで現在はモーターサイクルジャーナリスト)が発した一言が、僕の胸に深く突き刺さりました。
「10年後も、ガソリンエンジンのバイクが活躍できる時代であってほしい」

僕はこの言葉を聞いて思わず唸りました。
会場にいた多くのライダーも強く頷いたのではないでしょうか。
次々と発表される電動バイク、進化する安全技術、そしてDCTをさらに進化させたような自動変速システム。
バイクを取り巻く環境が劇的に変化する今、僕らライダーは一つの大きな岐路に立たされているような気がします。
進化する技術の裏で削ぎ落とされるモノ
現代のバイクは、かつてないほどのハイテク化を遂げています。
アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)は前車との距離を測り、ミリ波レーダーが死角の危険を知らせてくれます。

TRACER9 GT+ Y-AMT
また、ホンダの「E-Clutch」や「DCT」に代表されるように、クラッチ操作すら機械が最適化してくれる時代になりました。

これらは間違いなく「素晴らしい進化」です。
長距離ツーリングの疲労は軽減され、操作のミスによる事故のリスクは減り、より多くの人がバイクの世界へ足を踏み入れやすくなったと思います。
しかし、その一方で、僕はある種の「寂しさ」を抱いています。
機械が賢くなればなるほど、ライダーが自らの手足を使って機械をねじ伏せ、あるいは対話しながら走るという「全能感」や「操る楽しさ」が、少しずつ削ぎ落とされているようにも感じるのです。
「効率」の対極にある、バイクという趣味の本質
バイクは、単なる移動手段ではありません。
これは多くのライダーの共通意見だと思います。
もし移動の効率や快適性だけを求めるなら、四輪車や公共交通機関の方が優れている場面は多々あります。
それでも僕らが二輪車に乗り続けるのは、それが「バイクに乗ること自体」を目的とした、純粋な趣味であり、自己表現だからだと思います。

カスタムワールドに展示されていたバイク
僕の友人に「キャブ車じゃないとバイクじゃない」と言う者がいます。
環境性能が重視される現代において、それは少し時代錯誤な意見かもしれません。
しかし、その言葉の裏にある「エンジンの鼓動こそがバイクの醍醐味である」という信念は、決して否定されるべきものではありません。
HONDA E-Clatch
混合気を爆発させ、ピストンが上下し、その震えがフレームを通じて全身に伝わる。
回転数を合わせながらギアを繋ぎ、路面状況を感じ取りながらスロットルを開ける。カーブでは恐る恐るバイクを寝かして通り抜けていく。
まさしくこの「能動的な不便さ」の中にこそ、物言わぬバイクと人間とのコンビネーションが生じている。
言うなれば、「不完全な人間と、不完全な機械との相互補完の美学」。それこそがバイク文化そのものなのだろうと思います。
「公的な正解」と「私的な幸福」の共存
もちろん我々ライダーは社会の一員です。CO2、NOX、騒音対策といった「環境への配慮」は避けて通れない課題です。
安全機能の高度化も、大切な命を守るために不可欠な「公的な正解」でしょう。
しかし、正論だけで語れないのが文化というものです。
HONDA CB400N HAWKⅢ
「10年後もガソリン車が活躍してほしい」という想い。
それは、効率化ばかりが優先される現代において、「人間が主役であり続ける文化」を残したいという切実な祈りではないかと思うのです。
無論、我々バイク乗りの一方的な我儘が許されるわけはありません。
エンジンの音や振動に心を躍らせるライダーの想いを今後も追い求めていくためには、「公的な正解」と「私的な幸福」の共存が必要であることは当然です。
未来へ繋ぐために、我々ができること
この文化を守り、発展させるためには、二つの歩み寄りが必要だと考えます。
一つは、メーカー側の挑戦です。
単に効率を追求するのではなく、あえて「効率を追求しない、感性の領域」を最新技術で再現すること。
例えば、電動化が進んでも「操る喜び」を擬似的にではなく本質的に残す工夫や、ガソリンエンジンの魅力をカーボンニュートラル燃料(e-fuelなど)で存続させる道を探ることです。

もう一つは、我々ライダー自身の発信です。
「バイクの何がそんなに楽しいのか」
「エンジンの鼓動がどう心を豊かにするのか」。
数値化できないこの幸福感を、言葉や映像、そして自分自身の走りを通じて社会に伝えていくことです。
爆音バイクや違法改造のバイクを否定しつつ、我々がその価値を愛し、発信し続ける限り、それは「守るべき文化」として認識され続けるはずです。
エピローグ|ITとアナログが共存する10年後へ
10年後は僕も70歳。
一昔前なら、「バイクに乗るなんてとんでもない!」と言われる年齢なのかもしれませんが、僕はバイクから引退するなんて毛頭考えていません(笑)
一方、衰えているであろう身体能力を、10年後にはさらに洗練化した技術でサポートしてもらえているからこそ引退せずに済んでいるという未来も容易に想像できます。

つまり、新しい技術を賢く利用して安全と快適を手に入れつつ、ここぞという時には自分の五感を研ぎ澄ませて、その可能な範囲で機械を操る。
そんな、「ITとアナログが共存する10年後」であって欲しいと願います。

最新の電動バイクと、誇らしげにエンジンのリズムを刻むガソリン車が共に走っていて、それが互いにヤエーを交わす。
そんな多様性の景色の中で、汗やオイルの匂いはきっとシャネルのフレグランスより価値があるような気がします。
(おわり)

