こんにちは。じゅんれいライダーです。
いつもブログを読んでいただきありがとうございます。
さて、今日は久しぶりに「真面目な問題提起」をしてみたいと思います。
異論は多数あるでしょうし、自動二輪免許を持っている人の勝手な言い分だと猛反対されることもあるでしょうが、一つの意見として聞いてもらえればと思います。
なお、現在は衆議院選挙も終盤に突入したということで、連日連夜、選挙の街宣車が走り回り、近所でも立候補者の演説会が行われていますが、僕はこのことを法制化するために議員になろうとは一切思っていません(笑)
原付免許で125ccが解禁?でも30km/h制限はそのまま?そんな複雑すぎる「新原付」制度に切り込みます。
免許不要の特定小型出現で、原付一種はもう歴史的役割を終えたのかもしれません…
「原チャリ」の終焉
昭和の終わりころ(もしかすると平成にかけての時代も)、原付一種(50cc)は若者にとってのあこがれの的でした。
僕が高校生だった1980年の前半は「3ない運動」が吹き荒れてましたが、僕は公立高校だったから、免許取得は自由でした。
ちなみに、私立に通う同級生の中には、原付免許取得が学校にバレて免許を採り上げられたり(これは僕の妻の話)、ひどいケースでは停学になった人もいます。(退学になった人もいると聞きました)
当時(1980年代)は、「スーパーゼロハン」と呼ばれた原付バイクが次々に発売されました。
MB50(ホンダ)、RZ50(ヤマハ)、RG50Γ(スズキ)に加え、あのカワサキまでAR50というすごいバイクを売り出し、高校生たちはバイトで稼いだお金をそこにつぎ込んでいました。
MB50を例にとると、最高出力は7.0PSですよ!(ちなみにハンターカブCT125は9.7PS)
「時速30kmしか出せないのに、そんなパワー要らんやろ」と思ったことをよく覚えています。

上記4点はネットから引用させて頂きました
話は戻りますが、僕が通っていた高校でも夏休みになると原付免許取得に走る人は後を絶たず、新学期になると、週末にみんなで原付にプチツーリングに行ったりするのが主流の遊びでした。
当時はヘルメット着用が義務付けられていたとはいえ、罰則はなかった時代。
ある意味、自由な時代だったと言えるでしょうね。
しかし今、その「入り口」ともいえる原付免許を取得する人が、年々減少しているそうです。
かつて年間65万人を数えた原付一種免許の新規取得者数は、この20年で4分の1以下にまで激減したそうです。

ではなぜ、原付はここまで選ばれなくなったのか。
そこには、色んな背景があると思います。
例えば、現代の交通制度が抱える「ねじれ」、もう時代遅れともいえる「30km/h制限」、そして新たに現れた「特定小型」の存在があると思います。
そこで、今回のブログは、「原付免許」という制度そのものが、その歴史的役割を終えようとしているのではないかという視点で、あえて踏み込んだ提言をしてみたいと思います。
「原付免許は、その歴史的役割を終えたのではないか」と。
特定小型原付という「黒船」
なぜこれほどまでに原付一種(50cc)が敬遠されるようになったのか。
その大きな要因の一つが、2023年に登場した「特定小型原動機付自転車(電動キックボード等)」の存在です。
これが、原付一種との間で奇妙な「ねじれ」を生んでいると思います。

ゼロハンとはいえ、見た目は立派な「バイク」なので、そこに対する「誇り・プライド」は存在すると思うし、自分自身、自動2輪の免許を取るまでの数カ月はゼロハンライダーだったので、特定小型と同類に並べるのはどうかと思います。
しかし、今や「ちゅ~とはんぱやな~」と言わざるを得ない状況にあると思います。
正直なところ、時速30kmは危ないです。走る方も追い越す方も。
そして、わずか時速10kmの差のために、わざわざ試験場へ足を運び、免許証という法的責任を負うことにはある種の不条理さも感じます。
今のタイパ・コスパ重視の若い世代からすれば、「それなら免許の要らないキックボードか、電動アシスト自転車で十分じゃないか」となるのは当然の帰結かと思います。
「新原付」は救世主か、それとも引導か
さらに追い打ちをかけるのが、2025年11月から導入されるた、いわゆる「新原付」制度です。
厳しい排ガス規制をクリアできない50ccエンジンに代わり、125ccバイクの出力を無理やり5.4馬力(4kW)以下に抑え込んだものを「原付一種(つまりゼロハンと同等にする)」として認めようというものです。
しかし、冷静に考えてみてみると、125ccという立派な体格を持ちながら、最高出力はかつてのMB50(7.0PS)よりも低い。
しかも車体ベースが125ccです。価格もそれなりにします。
例えば、ホンダ クロスカブLiteは40万円です。(確かMB50は14万円くらい)
時代が違うとはいえ、妻にこの価格を言ったら腰を抜かしてました(笑)

出典:本田技研工業ホームページ
「高い金を払ってデカいバイクを買い、わざわざパワーを殺した状態で、30km/h制限に縛られて走る」(言葉を選ばずに申し上げて恐縮です)
……この状況に、どれだけの魅力があるでしょうか。 これでは、原付一種の延命措置というより、むしろ「制度の限界」を露呈させているようにしか見えません。
広がる誤解と「新原付」の罠
もう一つの視点はこの制度に関する理解の不足です。
「原付免許で125ccのバイクに乗れるようになるねんで」
正確性には欠ける言い方ですが、こんな風に妻に語ったところ、彼女の反応はこうでした。
「えっ、じゃあパパが乗ってる125ccのバイク、私も乗れるようになるの?」
「ちゃうちゃう、ママが乗れるのは、新基準の125㏄だけ。30km/hは守らんとアカンし、2段階右折も同じ」
「は?」
これがその時の夫婦の会話です。
ここは今回の制度変更の最もややこしく、かつ危険な落とし穴だと思います。
乗れるようになるのは、あくまで「125ccの車体を使っていても、最高出力を原付並みに絞り込んだ、特別な新基準バイク」だけ。今街を走っているパワフルな125cc(原付二種)に、原付免許で乗ったら、それは立派な「無免許運転」になってしまいます。
ちなみに、妻の姉の夫(つまり僕の義兄)は、これを機に小型自動二輪の免許を取得しました。(僕の知らん間にヤエドラに通ってました。笑)
これ、世間一般ではどれほど正しく理解されているのでしょうか。
「125cc」という数字だけを信じて、うっかり現行の二種モデルを運転してしまう人が続出するのではないか。そんな不安さえ覚えます。
「原付一種免許」を廃止すべき理由
そもそも、なぜこれほどまでに複雑で分かりにくい制度を維持しようとするのでしょうかね?
30km/h制限、二段階右折、そして今回の「出力制限付き125cc」。
もはや原付一種というカテゴリーは、現代の道路事情や求められる運用に照らすと、ガラパゴス化してませんかね?
そこで僕は、炎上覚悟であえてこう提言したいと思います。
「原付一種(50cc・新基準125cc)という免許区分そのものを廃止し、二輪免許の体系をシンプルに再編すべきだ」と。
【提言その1】
近距離の足は「特定小型(電動キックボード等)」へ
免許不要で20km/h。近所への買い物なら、もうこれで十分なはず。
【提言その2】
「原付免許」を「小型限定普通二輪」へ統合
原付免許を廃止する代わりに、「小型限定」の取得ハードルを下げ、実技教習を必須とした上で60km/h走行を解禁する。
「学科試験だけで、いきなり公道に出て30km/hで走る」という今の仕組み自体、交通安全の観点から見ても、実はかなり無理がありすぎると思います。
実際、ヤエドラでは、小型自動二輪の教習を2日間で修了できるコースがあり、申込者は多数だと聞いています。
むすび
「ゼロハン」が青春だったことは間違いありません。
高校生の時、Z250FTを手に入れるまでは、TL50バイアルスは愛おしくて仕方ありませんでした。

TL50バイアルスに乗ってた時、(当時は)右ミラーしかなかったこともあり、左後方から来た白いバイクに止められたこともいい思い出です(笑)
しかし、時代は変わりました。 複雑なルールでがんじがらめにするくらいなら、いっそ「原付」という古い殻を脱ぎ捨てた方がいい。
そして、誰もが正しく技術を学び、安全な速度で堂々と走れる「新しい二輪文化」を作るべきではないか。
以上、皆様にお訴えをさせて頂きました(笑)
【追伸】
実際にはすぐに解決できる問題でもないことはよく分かっているつもりです。
実際にまだ多くのゼロハンバイクが街中を走っていますし、バイクショップには中古のゼロハンも在庫されているでしょう。
しかし、どこかで舵を切らないといけない問題であることは間違いないと思います。
皆さんの周りでも、この『125cc移行』を巡る勘違い、起きていませんか?
(おわり)
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