聖地巡礼のバイク旅

-Leave the destination to the wind-

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暗峠アタック&東大阪市内のLike a wind聖地巡礼

📍 今回のQuick Look
地元・東大阪の歴史を紐解きながら、日本屈指の酷道「暗峠」へ再びアタック! ハンターカブでの走行ポイントを解説します。
旅の締めくくりは、バイク情報番組『Like a wind』で紹介されたパフェ店へ。地元ならではの発見と、プチツーリングの醍醐味が詰まった一日のレポートです。

 

いつもご訪問ありがとうございます。

11月になって秋晴れ(冬晴れ?)の日が多いですね。

この日(11月29日)も部屋から見える生駒山が見事で、これならばちょっと走ってみようと思い出かけてきました。

 

話のメインは日本屈指の酷道「暗峠」へアタックしてきた話ですが、ここへ向かう途中の東大阪市の風景を少し紹介します。

そして、暗峠からの帰りにバイク情報番組 Like a wind「Night Touring Osaka」(2025/9/8オンエア)で紹介された東大阪市の特色あるカフェに寄ってきました。

というわけで、まずは東大阪市の話からお付き合いください。

 

 

東大阪市は昔の河内国

東大阪市は、律令時代の国名で言うと「河内国」に属する。

”内に河がある”と書くわけで、今から1500年ほど前の昔は上町台地から東側のあたり、生駒山に至るエリアは大きな湖(河内湖)であったらしい。

ちなみに、大阪城を北端とする上町台地から西側は、すぐ海(大阪湾)だった。つまり、梅田も難波も昔は海だったということだ。

約1500年前の大阪

この地図の正確性は大らかな気持ちで見て頂きたいが(笑)、ともかく現在の東大阪市は河内湖があったあたりと見事に符合するらしい。

つまり、僕が住んでいる東大阪市は河内湖の底にあった場所と言える。

ただ、その後、湖が干上がったことで地面が露出し、その中でも比較的、土が盛り上がっていたところに住民が移り住んだことで、集落ができがってきたみたいだ。

 

昭和23年にアメリカ軍が撮影した航空写真が国土地理院のHPから入手できる。

(中央環状線・中央大通りは、当時は存在しない)

このころの東大阪市の西部にはいくつかの集落が明らかにみられ、それ以外の地域は畑・田んぼだったことが分かる。

つまり、稲田、長田、御厨などの地域は湖底の中でも土が盛り上がっていたところなのだろう。

ちなみに僕の幼い頃(50年くらい前)は、自宅の裏は小川だった(現在は埋め立てられて道路になっている)し、その北側は大きな原っぱだった。

 

 

3市合併の東大阪市

その東大阪市は、1967年2月に、布施市・河内市・枚岡市の3つの市が合併してできた市だ。

www.city.higashiosaka.lg.jp

 

その旧市を区分してみると、大まかな整理の仕方で恐縮だがこんな感じになっている。

大まかに旧市の特徴を述べると、こんな感じになる。

  • 布施市…商業や交通の中心地
  • 河内市…工業の中心地
  • 枚岡市…生駒山の麓で自然が豊か

ちなみに僕の戸籍には布施市にて出生と記載されている。

 

 

ラグビーの街・東大阪

そんな東大阪市だが、現在は有数の中小企業の街として全国的に知られ、部品加工における技術は比類なき企業も多い。

かつて東大阪市の企業の技術を結集した「まいど1号」という人工衛星が製作された。

これは種子島宇宙センターから打ち上げられ、見事にそのミッションを完了したという歴史もある。

sohla.com


そして、今では「ラグビーのまち」という広報活動を精力的に行っている。

おそらくそれはラグビーの聖地と呼ばれる花園ラグビー場があることで考案した町おこしの一つだおうと思うが、これに連動して「トライくん」というゆるキャラが登場した。

東大阪市マスコットキャラクター「トライくん」 | 東大阪市

出典:東大阪市ホームページ

加えて、東大阪市で発行する原付、原付2種対象のご当地ナンバーはラグビーボールをデザインしたものとなっている。

以前乗っていたスーパーカブ110には、このご当地ナンバーを付けていたが、正直なところ洗練されたものとは思えず、ハンターカブでは通常版に戻した(笑)

 

 

暗峠

さて、そろそろ本題に入ろうと思う(笑)

美しい生駒山の姿を家の窓から見て、かつ気温も高そうなので、今日は暗峠アタックには最高のコンディションだと思い、全行程約25㎞程度のプチプチツーに出かけることにした。

まずは、暗峠について簡単に説明させていただきたい。

■暗峠

大阪府東大阪市と奈良県生駒市の境にある、生駒山地の峠で標高は約 455メートル。

かつての伊勢街道(旧・暗越奈良街道)の一つで、大阪の人たちはここを越えて奈良に入り伊勢へと向かった。

現在は国道308号の区間の一つだが、日本屈指の「酷道」として知られ、特に東大阪市側は最大勾配40%とも言われる非常に険しい急坂が続く。

峠の頂上付近には、江戸時代に敷設された石畳が一部残っており、歴史的な風情がある。

「暗がり」の名は、かつて樹木が鬱蒼と生い茂り、昼間でも道が暗かったことに由来するとされる。

ご覧の通り、額田駅近くからほぼ真っすぐに生駒山の頂上(標高455m地点)に向かって登っていく。したがってかなりの急こう配となる。

また、国道とは言え道が幅が狭いので、車同士の離合は困難な場所がほとんどだ。実際、事故も多いと聞く。

 

近鉄奈良線・額田(ぬかた)駅や枚岡駅の東部つまり山側は大阪平野を一望できる展望台が多く、東大阪市の小学生にとっては遠足適地だった。今でも多くの老若男女ハイカーが訪れる場所でもある。

一方、ここは多くの住民が生活を営むエリアなのでバイクでここを走ることを楽しむのは良いとしても、無理な走りはしてはならない。

 

 

東大阪市を走る

暗峠は国道308号の区間の一つなので、その308号を走って暗峠へ向かうことにする。

ここは中央環状線との交差点(荒本交差点)。ここまで4車線だが、この先で2車線に減少する。

左のビルが東大阪市の市庁舎。最上階にはレストランがあり、大阪平野の大パノラマを見ることも出来る。

 Like a wind「Night Touring Osaka」(2025/9/8オンエア)のラストのシーンはここで撮影された。

花園ラグビー場前から見た生駒山。

正面の山に向かってほぼ真っすぐに走って山上を目指す。

豊浦町付近 国道308号の標識が見える

 

アタックしてみる

では急こう配の坂が続き、道幅も狭い日本屈指の酷道を大阪側から登ってみる。

写真でどれだけ伝わるか分からないが、ご覧頂きたい。

額田駅近くの暗峠入り口付近

ここからが暗峠

11℃ 暖かい

法照寺前 ここからはローギアでないと上れない

豊浦橋前 この下付近は景勝地

ロードサイドには所々に寺社がある

暗峠・最大斜度のS字坂(1)

暗峠・最大斜度のS字坂(2)

暗峠・最大斜度のS字坂(3)

頂上手前の段々畑

頂上付近に敷かれた名物の石畳

 

暗峠をバイクで走破するときのポイント

スーパーカブで3回、そしてハンターカブでは2回目の暗峠走破だが、やはりハンターカブの方がややパワーに勝るためか、比較的に楽に走れたと思う。

ただ、最大斜度ポイントを越えてからは2速で走れる区間もあったが、その他はローギアでしか上れない。

なお、2速で無理して上り、途中でローに切り替える瞬間、減速することになるのでそこは立ちゴケのリスクがあることは知っておいた方がいいと思う。

ではその他の注意しておくべきポイントについていくつか申し上げたい。

 

(1)排水溝に気を付けるべし

道路にはスリップ防止のために丸い溝があり、そして排水溝が斜めに横断している。

この排水溝の幅が広く深いので、ここの横断の仕方によっては、バイクは自転車はパンクの心配があると思う。

 

(2)石畳も同じ

これは頂上手前の石畳の上も同じで、ここはしっかりスピードを落として丁寧に走ることが必要だと思う。

 

(3)むやみに停車しない

最大斜度のところはもちろんのこと、他の場所もかなり斜度があるので停車するときも前後どちらかのブレーキだけで停車させるのは困難だと思う。簡単に言うと「ずり落ちる」感じになる。

特に最大斜度のS字カーブのところは、同じギアで一気に走り抜けた方がいいと思う。ここでコケようものなら起こすのは困難を極めると思う。

ちなみに最大斜度の傾斜はこんな感じだ。(スマホの水平儀を用いて撮影)

 

暗峠は楽しく走れる場所だが、その前提は安全第一を徹底することだと思う。

少しでも不安を感じるならやめておくことが賢明だと思う。

 

 

ぼくらの広場

そして無事に生駒山の頂上にたどり着けた。

奈良県側の民家の軒下には、「おいせまいり」の札が吊り下げられていて、この道が昔の伊勢街道の一部だったことが分かる。

 

さて僕のこの日のプランはここで終わりではない。

ここから南へ細い道を行くと、ぼくらの広場という絶景のポイントに行くことができる。

バイクで行けるのは途中までだが、そこへ向かいたいと思う。

細いので気を付けて

最初はこんな感じが続く

左側の道路は「信貴生駒スカイライン」(2輪車通行不可)

ハンターカブならこんな道でも楽勝

バイクで来れるのはここまで

ここからは歩いて”ぼくらの広場”に行くのだけど、なぜか通行止めになっていた。

あとで調べたところ、今年9月からトイレ及び配管の工事を行っているようで、来年の春まではここからぼくらの広場までの区間は入れないようだ。

ここ(ぼくらの広場)からは、あべのハルカスや南港ATCタワー、この日のように空気が澄んでいたらさらに明石海峡大橋まで見ることできるので行ってみたかったが通行止めであれば仕方がない。

なお、ここから下に下ったところに別の入り口もあるようだが、また別の機会に行きたいと思う。

 

 

ラストはLike a wind 聖地巡礼

さて、ではこの日のプチプチツーのラストの訪問地へ向かう。

それは花園ラグビー場近くにある「ナイトフィーバー」というパフェのお店だ。

 Like a wind「Night Touring Osaka」(2025/9/8オンエア)で紹介されたスポットなので近いうちに行ってみたいと思っていた。

 

(下のグーグルマップには花園中央公園が示されているが、この中に花園ラグビー場がある)

 

ただ、このお店の下調べをしておらず、しかもナイトフィーバーという名前の店なので、もしかすると夜しかやっていないかもと思いながら来たら、案の定シャッターが閉まっていた。

時間はお昼の12時40分だった。

「またもや聖地巡礼は失敗か」

そう思った時、スタッフの女性がやってきてシャッターを開けだした。

そこで「何時からオープンですか?」と聞くと「1時からです」との回答で、ガッカリしかけたところ「もういいですよ」と言ってくださった。

そこでその言葉に甘えることにして、番組ナビゲーターの秋本仁葵(あきもとにき)さんが食べていたパフェを注文することにした。

しかし、これだけのメニューがあって、どれがそれなのか分からない。

そこで、ケータイを取り出してYouTubeでLike a windの映像を見せて、お店のお姉さんにそのパフェの特定してもらった。

そして特定できたのがコレ。

ブルーベリーと白玉とポッキーのパフェ

お代540円で手ごろだし、大きさも適度で食べやすい。

夜も(この日は)24時までやってるらしいので、妻を連れていくか、あるいはこのあたりで一杯飲んで、その〆にここでパフェを食べるのも悪くない。

とても気の良い、そしてべっぴんさんのスタッフさんだったが、こんなオッサンが開店前に来て、しかも映像を見せて同じものを食べたいという行動はさぞ気持ち悪かったと思う。でも嫌な顔一つせず対応して下さったことに感謝感激。

 

さて、ダイさん、今度この辺りで飲みにいけへん?(笑)

 


エピローグ

というわけで、午前10時30分に自宅を出発して午後1時半に帰宅した、全行程25㎞のプチプチツーだったがこれはこれで面白かった。

これから寒くなるから、滋賀、三重、奈良南部や紀伊半島などへの山越えの長距離ツーリングは難しくなるので、地元東大阪あるいはその周辺の面白スポットを巡る旅もいいかもしれない。

 

ちなみに、この日もアクションカメラで映像をたっぷり撮ったので、近々YouTubeにアップさせて頂こうと思う。

暗峠やぼくらの広場へ向かう道中はなかなか面白い動画になるのではないかと自負しているので、良かったらチャンネル登録しておいてください(笑)

www.youtube.com

 

(おわり)

 

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