聖地巡礼のバイク旅

-Leave the destination to the wind-

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ライクアウインドGP(2025年6月・生駒編)に参戦してきました

ご訪問ありがとうございます。

さて昨年に続き、今年も「ライクアウインドGP」に肝付町ライダーズとして参戦してきました。

思いのほか早く梅雨が明け、生駒山上ながら灼熱のサーキットで行われた模様をご報告します。

なお、今回のブログでも、ダイさんが撮ってくれた写真を多く使わせてもらっています。

「おっ!これいい写真!」と思ってくださった写真は間違いなく、すべてダイさんが撮ってくれた写真です。ダイさん、ありがとね~

 

梅雨が明けた

6月27日、近畿地方では梅雨明け宣言がなされた。

昨年の梅雨明けは、ほぼ平年通りの7月19日だったが、今年はそれを3週間以上早い梅雨明けとなった。

これだけ早く梅雨が明けると水不足が懸念される。コメ不足と高騰で世間は大騒ぎなのに、これが今年の稲の生育に影響しないかが心配だ。雨が続いたら続いたで不満タラタラなのにね(笑)

そして何よりも激暑の期間が長くなることも心配だ。梅雨が早く空けた分、秋の到来が早まってくれたらそれはそれで嬉しいのだけど。

昨年6月30日のスポーツランド生駒

去年のライクアウインドGPは梅雨真っ盛りの6月30日に開催された。

この日は朝から雨が降り続いていて、レース本番がどうなるか気が気ではなかったことを思い出せば、今年の完全なドライコンディションは有難いことなのだが、この暑さが(特にライダーの)思わぬリスクに繫がらなければいいなと思いながらレース当日を迎えた。

 

一日の長

昨年は初参戦ということで分からないことが多く、多くの皆さんに色々と教えてもらった。また、実際にレース会場のスポーツランド生駒に足を運んで試験走行や場所の確認なども行った。

 

ただ、去年経験したことは今年に生かされるはずだ。

そんな確信があったので、今年の参戦を決めた時には「役割は去年と同じでよろしく」「各自必要な準備を頼む」とだけ言って、あとはメンバーに託すことにした。

その期待通り、みんなが自分のやるべきことをしっかりやってくれた。

おかげで、去年のような細かい進捗確認は全く必要なかった。

"一日の長"という言葉あるように、全体的に見て去年の経験が大いに活かされたことは間違いがないと思う。

一つ残念なことは、去年のメンバーの中で総務部長の役割を担ってくれたヤブやんは、今回は事情により不参加となったことだ。

裏方のことを色々とやってくれたヤブやんがいないのは困ったが、その代役をダイさんがしっかりと務めてくれた。そのお陰で懸念していたことは解決し、全体的に極めてスムーズに事が運んだ。

そして当日のレースに向けてのバイク整備はyo-cに、レース監督はなっちんとナオに任せたから他にすることは無い状態だった。

そんなわけで、総監督の僕の仕事は、レースの申し込み、事前のユニホームの製作に関するスポンサー集めなどでその殆どが終わった。

そこで、総監督は悠々自適に過ごさせてもらおうと、レースの開始まではピットでリラックスした時間を過ごさせてもらったのだが、まさか自分一人お菓子を頬張ってサボっているところが盗撮されていたとは夢にも思わなかった(笑)

 

スポンサー企業

ここでレースに関する費用をご紹介しておきたい。

レースに参加するためのイニシャルコストとして、参加費(初級クラスは13,500円)、保険代(2000円×2名分)は事前に必要となる。

この参加費や保険代はチーム最年長である僕が負担することにしたが、この他にバイクをレース仕様に整えるために必要な消耗品やガソリン代やオイル代、当日の交通費や食費など様々なランニングコストが必要になってくる。肝付町ライダーズに限って言えば、その費用は3万円もかからなかったと思う。

そのランニングコストはチームメンバーで均等に負担することにしたのだけど、年に1度や2度、大人が夢中になれるお遊びの費用としては決して高くないと個人的には思っている。

そして、今年も昨年に引き続きチームウェアを製作した。

要らんと言えば要らんのだけど、やはり一体感があった方がいいと思うし、去年のユニホームには「2024」と年号を入れてしまったので今年は使えない。

何よりも、”カタチから入るのが肝付町ライダーズ”の特長なので今年も総監督の一存で作ることにしたのだけど、人数分の制作となるとそれなりな金額になる。

最初はこのユニホーム代の全額を自分で出すつもりだったけど、念のために僕の親友が経営する会社に協賛をお願いしてみた。そしたら「いいよ」との即回答を得た。

そして費用の一部を負担してもらう代わりに、同社の企業ロゴをユニホームの袖に貼り付けることとさせて頂いた。

おかげで、いい感じのユニホームが準備できた。

IWTくん、ご協力ありがとうございました!

www.rsp-kyouritsu.com

 

 

晴天のスポーツランド生駒

レース会場は、昨年に引き続き「スポーツランド生駒」だ。

梅雨明けということで、朝から素晴らしい晴天となった。

今年は去年より1時間も遅い午前6時に到着したが、そのタイミングでゲートオープンとなったので上手くスタンド下ピットを確保できた。そしてテントタープやテーブルなどのセットもスムーズに完了した。

メンバーのみんなも早い時間に来てくれたし、バイクのセッティングに関しては去年の経験が大いに活きたのだろう、テクニカル責任者のyo-cがあっという間に完了してくれた。

昨年は、この時間帯はまだ雨が降り続いていたので何かと心配でストレスが溜まる時間だった。

一方の今年は、その心配はなくなった分、早い段階から気温の上昇があり、場内アナウンスでも水分補給と熱中症対策の呼びかけがひっきりなしだった。

心配なのはライダー二人のことだったが、もし途中で体調不良などが生じたならばリタイアを選ぶことを躊躇わないでほしいと伝えておいたが、結果としてそれは杞憂に終わった。

 

レース後にライダー二人の感想を聞くと、去年の方が湿度が高く過酷だったらしい。

だが、今後もこのような時期に参戦するのであれば、発電機や扇風機(冷風機)などの準備は必要だろうと思う。

 

 

担がれた! でも愛らち~よ!

毎年、ライクアウインドGPは、Like a windの女性出演者が工夫を凝らしたコスチュームでレースを盛り上げてくれる。

昨年はメイド衣装だった

 

今年はどうなのかなと思っていたら、以前何かの時に、ちよ(両澤ちようさん)が「今年のコスチュームには期待しておいてください」と言ってた。なので、それなりにドキドキ感を持って楽しみにしていた。

しかし、いつまで経っても誰もコスプレ衣装をまとう感じがない。

かすみんも、ちよも、ずっと男性のしげっち達スタッフと同じピットシャツを着ている。

そこで、ピット前で会ったちよに「コスプレ衣装は?」と聞いてみたら、「これですよ」と平然と言ってのけられた。

そう、僕はちよに担がれたんだ。

まあ、こんな風に僕をからかってくる彼女はとても愛らしいのだけど(笑)

 

 

きのぴーが来た

ところで、今年は、かすみん(たはらかすみさん)やちよに加え、レースに花を添える役柄として二人の女性が来てくれていた。

一人は「吉村愛梨さん(あいりはん)」で、もう一人が「木下愛有未さん(きのぴー)」だった。(右から3人目がきのぴー)

 

二人ともかつてのライクアウインド出演者だが、僕がLike a windの視聴を始めた当時(2014年頃)、すでに番組に出演していたきのぴーが僕は大好きだった。

この日、ブリーフィングでの自己紹介で「ライドル候補生… まだ候補生ですか?」と言った彼女を見て、そのとても懐かしい響きに涙が出そうになった(笑)

 

きのぴーが大好きだった僕は、彼女がツーリングナビのロケで北海道へ行ったとき(2015年)のことを鮮明に覚えている。

簡単に言うとこんな感じだ。

  • 場所は、帯広にある旧国鉄の幸福駅
  • 幸福駅では、1970年代に大流行した切符をモチーフにしたメッセージカードが販売されている。
  • このメッセージカードに願いを書いて旧駅舎に貼ると幸福が訪れるらしい。
  • きのぴーもロケの時に願いを書いて旧駅舎に貼りつけていた。そして、「ぜひこのカードを見つけてね」と言っていた。

そして僕は彼女の言葉通り、その4年後、まさしく「Like a wind聖地巡礼」として幸福駅に行って、そのカードを見つけるべく探し回ったが結局は見つからなかった

その時のことはブログに詳細に書いているのでよろしければぜひ。

junrei-rider.hatenablog.jp

 

不首尾に終わったものの、実際に幸福駅へ行ってきたことを示す写真をきのぴーに見せたいとずっと思っていたのだけど、その頃からきのぴーの出演は減少していて、今まで会える機会がなかった。

でも今回、6年の時を経てこの事を伝えることができて感無量だった(笑)

これを機会にまたきのぴーがライクアウインドに出演してくれたらいいな~

 

 

ゲームを制する者が…

この日行われる5つのレースの先陣を切るのが、我々、肝付町ライダーズが出場する初級クラスのレースだった。

写真提供:メカノルネッサさん

 

レースは60分間の耐久レースで、時間内に最高周回を得たチームが優勝となるのだが、1周47秒の制限タイムがあり、これより速いタイムで走るとその周は周回数に加算されない。

そして、「ゲームを制する者がライクアウインドGPを制す」との格言(?)もあるように、ライダー交代の際に行われるゲームで「プラス3~マイナス3」の範囲で周回加算または減算が反映される。

今年は巨大おみくじ箱から、数字が書かれた棒を引き出すという形式のゲームだった。しかし、毎回いろんなアイデアを出してくるなと感心しております(笑)

 

ちなみに昨年は、8回のゲームチャレンジを行ったのだが、トータルでマイナス10周回となってしまった。

それが最終順位に大きく影響したから、ライダーの二人はリベンジを期すべく、事前にゲームの練習に勤しんでいた。

その結果、今年は6回のチャレンジでトータルでマイナス2週となった。

去年よりも大幅に改善したものの、プラスに転じることはできなかった。

下の写真は、アンが”マイナス3周”を引き当ててしまい、ピットマネジャーのナオがずっこけている場面だが、こんな悲喜交々があるのもライクアウインドGPの面白さの一つだ。

 

 

頑張った二人のライダー

今年の最終順位は16位(27チーム中)となった。

去年は22位だったので、着実にランクアップしてきていると誇っていいと思う。

ゲームでうまくプラスポイントを稼ぐことができれば上位に食い込める可能性もあったということだ。

今年は、フルコースイエローが出たり、多重クラッシュでレッドフラッグ・レース一時中断となったり、転倒で救急搬送された人がいたり、荒れたレースとなった。(後述)

そんな中、我が二人のライダーは今年も渾身の走りを魅せてくれた。

今年のスタートライダーはまう姐。スタートダッシュで5台ごぼう抜きの激走だった。

そして最後までスマートな走りを魅せてくれた。

去年も同様のことを思ったのだが、まうが静の走りだとすると、アンは動の走り。

メインストレートを敢然と走っていく姿がとってもカッコよかった。

 

まう姐もアンも去年より確実にレベルアップしたことが分かる安定した走りを見せてくれたし、何よりも酷暑の中をよく走りぬいてくれた。
16位へのジャンプアップは誇っていいと思う。
 

少し荒れたレースだった

今年の初級クラスは荒れたレースだった。転倒して負傷した人もいたし、FCY(全コースでイエローフラッグ)もあった。

さらには、メインストレートでは多重クラッシュもあったりで、そのレッドフラッグにより一時レースが中断するということもあった。

さらには、レース後にまう&アンが言っていたところでは、コーナーでは無理にインに入り込んでくるライダーもいたそうで、かなり怖かったとのこと。

レースなので、少しでも前に行きたいという気持ちが働くこともあるのだろうけど、初級クラスは47秒というタイム制限がある。それほど速く走りたいのなら、上のクラスにエントリーするか、速さのみを競うレースに参戦すればいいじゃないかと思うのは勝手な言い分だろうか。

その点では少し後味が悪いとも感じたが、結果としてウチの二人が無事に帰ってきてくれたので良しとしよう。

 

 

完走を祝おう

前述の通り、表彰台のてっぺんには届かなかったが、昨年より順位を上げたことが素晴らしい。

内容は確実に良くなっているし、ゲームの運がなかっただけだ。無事に完走できたことを祝いたいと思う。

自分たちのレースが終わった後、上のクラスのレースを観戦している二人の姿が印象的だった。

というわけで、今年のライクアウインドGP(6月・生駒編)には、肝付町ライダーズはこのメンバーで臨んだ。

写真左から、ゼネラルマネジャー・ダイさん(チームフォトグラファー兼務)、総監督・巡礼ライダー、第1ライダー・まう姐、第2ライダー・アン、テクニカルディレクター・yo-c、ピットマネジャー・ナオ

※レース監督・なっちんは早退の為、この写真には入らず

 

今年のライクアウインドGPは年2回開催ということで、9月には近畿スポーツランドで第2戦が行われる。この近スポラウンドにエントリーするかどうかは未定だが、これからも無理のない範囲で活動を続けていけたらいいなと思う。

チームのみんな、本当にお疲れ様でした。

そして、応援して下さった皆さん、本当にありがとうございました。

 

 

エピローグ

この日、レース前に行われるブリーフィングの後、ちょっとしたサプライズの出来事があった。

それは、スポーツランド生駒からLike a windへ、こんな横断幕が贈られたことだった。

ここに記載の通り、バイク情報番組・Like a windが始まって20年が経過し、オンエアの回数も1000回を超えたことを記念した横断幕だが、あらためて考えてみるとLike a windは日本でも有数の長寿番組と言えるだろう。

番組スタッフとスポンサー、そして視聴者に支えられてきたこの20年だと思う。

 

個人的なことを語らせてもらうが、この番組がなければ、僕は再びバイクのシートに跨ることも、さんふらわあに乗って九州へツーリングに行くことも、そしてレースに参加することも絶対になかった。

そんな風に考えると、この番組と出会えたことは僕の人生の最大の幸運だと思っている。

番組とスタッフの皆さん、そして肝付町ライダーズの仲間をはじめ、ライクアウインドを通じて知り合ったすべての皆さんに心からの感謝を申し上げたい。

 

花束を贈られたしげっち(現在の制作チーフの重岡達也氏)は挨拶で、「30年、40年に向けてこれからも頑張っていきます」と述べていたが、僕個人で言えば、ぜひ40年(今から20年後)を見届けてこの世を去りたいと思う(笑)

 

今まで楽しい番組作りをありがとう。

もちろん、これからもラ族の一人として応援を続けていこうと思います。

 

追伸

春の大阪モーターサイクルショー、そしてこのライクアウインドGPでは、毎回、株式会社ヴァンズ凸の下埜ディレクター(かつてはLike a windのチーフディレクターとして番組制作を主導されていた方。下埜さんとも知り合ってもう10年近くになる)とお会いできることを楽しみにしている。

GPでは、ピットレーン(ライダー交代場所前)で安全管理の警笛を鳴らすなど、仁王立ちしている人と言えばお分かりいただけるかもしれない。

今年もわざわざ我々のピットを訪ねてきてくれて(上の写真)、とりとめのない話に花を咲かせたのだが、毎回、下埜さんとは「近いうちに飲みに行こう」「そやね」と話しながら実現したためしがない(笑)

20年、1000回のウラ話などぜひ聞かせて頂きたいので、痛風の症状が改善したらぜひ連絡させていただくことにしたいと思う。

下埜さん、楽しみにしてます!

 

(おわり)

 

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