聖地巡礼のバイク旅

Leave the destination to the wind ~行先は風まかせ~

聖地巡礼 in USA 「EP2:JFK」

こんにちは。今回もご訪問ありがとうございます。

今回のブログはアメリカの思い出話「聖地巡礼 in  USA」の第2話で、「JFK」について語ってみたいと思います。

僕は彼の演説に刺激を受けて以来のファン。その彼のお墓参りと、狙撃されたあの悲劇の地を訪ねてきました。

 

JFK

阪神タイガースファンの僕がJFKと書くと、ジェフ・ウイリアムズ、藤川球児久保田智之のことかと思われるかもしれませんがそうではありません(笑)

John Fitzgerald Kennedy 

ジョン・F・ケネディアメリカ第35代大統領です。

JFKは僕らが最もよくその名前を知っているアメリカ大統領かもしれませんね。

  • (選挙で選ばれた大統領としては)最も若い大統領。
  • 米ソ冷戦におけるキューバ危機を回避した功績。
  • マリリン・モンローとのスキャンダル。

など色々とエピソードがありますが、やはり彼の最も有名な出来事は、テキサス州・ダラスを遊説中に狙撃されて亡くなったということだと思います。

 

 

有名な演説

JFKは僕が生まれる前に亡くなったので、生前の彼を見たことは勿論ありませんが、アメリカ留学を控えて英語の勉強をしていた時、彼の大統領就任演説における、あるフレーズを知ることになりました。

それは、

Ask not what your country can do for you. 

Ask what you can do for your country.

この国が、あなた方に対して何をするかを問うのではなく、あなた自身がこの国に何が出来るかを問い給え

この演説を知ったとき、(僕らが習った英語の文法の根幹を覆すということも含めて)まだ若かった僕は衝撃を受けました。

この演説は、僕は社会人としての認識を大きく変えたと言っても過言ではないのかもしれません。

 

 

思考の大転換

若いころ、僕は会社の労働組合の役員をしていました。

労働組合と言っても、基本は会社との協調路線を歩む組合でしたが、若い労働組合員にありがちな単純な思考で、「労働者(社員)あっての会社だ」「労働者がやる気になる施策を出せ」「労働実感に見合った賞与を支給せよ」などの考え方でした。

今考えれば、某野党のような考え方ですね(苦笑)

しかし、JFKのあの演説は僕に衝撃を与え、「そうや。会社に一方的に期待してもあかんし、批判や要望を言うだけでは何も解決しない」と考えるきっかけになりました。

当時の上司も「文句があるなら権限を行使できる立場になれ。そしてお前が会社の制度や仕組みを変えろ」という人でしたし、同じ時期にいろんな角度から影響を受け、思考を大きく転換することとなりました。

少し大げさな話ですが、学生時代に習った「転向」とはもしかするとこういうものを指すのかと思ったくらいです。

(※下の写真は、JFKのお墓の前に刻まれてるあの有名なフレーズです)

アメリカ留学を終え帰国した後、奇しくも僕は人事部に異動になりました。

労働組合の役員だった社員が、ひと期間置いたとは言え、その交渉相手だった人事部に異動になるとは皮肉なものです。

そして、僕の異動後の最初の仕事になった新入社員の教育の際、僕が彼らに向けて述べた訓示は以下の通りです。

Ask not what your company can do for you.

Ask what you can do for your company.

大部分をパクらせてもらいました。(爆笑)

 

 

ワシントンDC

アメリカ生活を始めて最初に行ったのが、前回のブログで書いたニューヨーク・マンハッタンでしたが、その翌週にはワシントンDCへ行きました。その目的はJFKのお墓参りでした。

日本では、単にワシントンとしか言わないことが多いですが、現地では必ずDC(District of Columbia)を付けます。

ワシントンDCは、どの州にも属さない特別区として存在するアメリカの首都で、大統領官邸(ホワイトハウス)、連邦議会(議会議事堂)、連邦最高裁判所など3権の最高機関が集まるアメリカにおける最重要の都市でもあります。日本で言うと東京都千代田区みたいなものでしょうね。

ここには、ワシントンモニュメント(記念塔)、リンカーンメモリアル(記念館)、スミソニアン博物館など有名建造物もあり、その迫力に驚かされます。

そして、ワシントンDCからポトマック川を渡ったところにアーリントン国立墓地(ここはバージニア州)があり、この中にJFKのお墓があります。

少し小高い丘にJFK家のお墓があり、そこにはJFKとジャクリーン夫人、そして両サイドには幼くして亡くなった彼らのお子さんの墓碑が並んでいます。

そして彼らの墓碑の上には、円形の石碑があってそこには火が灯されています。志半ばで亡くなった彼の思いは永遠に消えることが無いという意味合いなのでしょうか。

JFKが埋葬されている場所からはワシントンDCを見下ろすことが出来ますが、この彼のアメリカへの想いは、永遠の炎となって首都・ワシントンDCを見守っているようです。

 

 

悲劇の地・ダラス

このJFKのお墓参りをしてから数か月後、僕はテキサス州ダラスに行きました。

この下の写真に写っている道路がJFKが狙撃を受けた場所です。この34年前、ここで実際に悲劇があったと思うと本当に切ないです。

大統領再選を目指し遊説中の彼は、あえて防弾ガラスを外したオープンカーに乗り民衆との距離を縮めようとしたらしいですが、結果としてそれがアダになりました。

JFK暗殺の真相は(その原因も手段も)明らかではありませんが、教科書倉庫(通称、5th Floor)から放たれた銃弾が彼を死に追いやったと言われています。

その5th Floorは今は博物館のようになっていて、彼の功績を偲ぶ展示がなされています。

その展示の一つの映像の中で、「I remember , I still remember」と涙を浮かべてJFKのことを懐かしむ老婦人の姿が印象的でした。

 

 

ブログ後記

ダラスへ行った時、僕はボストン近郊のニュートンという地区にあるミラー家でホームステイをさせてもらっていました。JFKが生まれたブルックラインという街は、僕が住んでいたニュートンの隣町です。

夫君・ポールさん(ハーバード大学で教鞭をとっていた学者さん)、可愛い奥様・ジーンさんは、広大な敷地の一軒家にお二人で住んでおられ、これまで数百人のホームステイを受け入れてきたということでした。

このミラーさんのお家には大きなテラスがあって、毎日、ここで食事させてもらうのです。こんな静かで優雅な環境で、ご夫妻と話しながら食事するのが大好きでした。

このボストン近郊の地域は、古くから民主党(JFKは民主党)支持者が多いのですが、ポールさんは「この地域の人がみんなJFKのことが好きかというとそれは違う。実際、共和党支持者もいる。彼に対する評価は様々だよ。」と話してくれました。

そりゃそうですよね。

僕はJFKは偉大な人物だと思いますが、その功績の陽の部分だけを知っているに過ぎません。

しかし、アメリカの人たちにとっては大統領は国のリーダーで、その政策が国民の人生を左右することにも繋がるわけですから、評価はシビアにならざるを得ませんよね。

 

ただ僕にとっては、JFKはやはりヒーロー。

その彼のお墓参り(アーリントン国立墓地)ができて、彼が亡くなった地(テキサス州ダラス)に行くことができたこともアメリカ留学の大きな想い出の一つですね。

 

(おわり)

 

 

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