聖地巡礼のバイク旅

Leave the destination to the wind ~行先は風まかせ~

聖地巡礼 in USA 「EP1:イマジンの碑」

こんにちは。今回もご訪問ありがとうございます。

先日、アメリカの思い出話をブログに書かせてもらいました。

そしてまた思いついた時に書こうと思っていたのですが、一旦書いてみると思いだすことも多く、それならちょっと続けてみようということにしました。

その今回のテーマは聖地巡礼

僕は今、バイクで聖地巡礼を続けていますが、あの当時に「聖地巡礼」の原点があったように思います。

その聖地とは、「ジョン・レノン」「JFK」「松田聖子」がキーワードなのですが、今回は「ジョン・レノン」の聖地について書いてみたいと思います。

 

 

音楽への目覚めとジョン・レノン

僕は、大学生だった時代、友人たちとオフコースコピーバンドを組んで活動していました。僕の担当はギターで、鈴木康博さんのパートを演奏していました。

その僕が初めてギター(生ギター)を手にしたのが中学の2年の時で、文化祭で先輩がギターで演奏しているのを見て刺激を受けたというよくあるケースです。

その後、高校生から大学生の時にかけてはバンドサウンドに興味を持ち、オフコースコピーバンドを始めることになるのですが、その前、生ギターからエレキギターに持ち替えるきっかけとなったのは、ザ・ビートルズでした。(これもよくあるケースですね)

Get Back、Strawberry Fields Forever、Hey Jude、Let it be、The Long and Winding Road、 Michelle、Penny Laneなどが好きで、下手な英語と下手なギターで引き語りをしていたものです。

 

 

ダコタハウス

そのビートルズのメンバー、ジョン・レノンが亡くなったのは1980年のこと。

彼が住んでいたダコタハウスという高級集合住宅の入り口付近でファンの男性に銃で撃たれて亡くなりました。

ファンの暢気な期待と言えばそれまでですが、いつかビートルズの再結成があると勝手に思いこんで期待していたので、そりゃもう大きなショックを受けたことは言うまでもありません。

当時、彼が撃たれた場所・ダコタハウスの映像が頻繁にテレビに映っていたこともあり、いつかアメリカに行くことがあったら必ずここを訪れてジョンの冥福を祈りたいと思っていました。

 

 

イマジンの碑

アメリカ生活の最初はニュージャージー州プリンストンで、僕はジョンストン家にホームステイをさせてもらっていました。(建物左側の2階に見えている窓の部屋に住まわせてもらっていました)

この時のアメリカにおける僕の最初の旅行の行先は、ニューヨーク・マンハッタン

ニュージャージー州プリンストン(Princeton JCT駅)から、マンハッタンのペンシルバニア駅までは、NJトランジットという公営鉄道に乗って約1時間半の距離です。

つまり日帰り圏内なのですが、今では考えられないけど、当時はあの超高級ホテル「シェラトンマンハッタン」でも一泊80ドル(当時のレートで1万円くらい)でした。

というわけで、2日間をかけてのマンハッタン市内観光に出かけてきました。

この時、ジョンストン家の夫君・マイク氏が僕に教えてくれたのが、「イマジンの碑」のこと。

ダコタハウスの向かい(南東側)・セントラルパークの中にジョンの記念碑(イマジンの碑)があるので、そこにも行ってみたらと教えてくれたのです。

イマジンとは、ジョン・レノンの楽曲「Imagine」から採ったものですね。

インターネットなどない時代のことですから(メール通信くらいはできましたが)、各地の観光名所などは「地球の歩き方」を見るか、現地の観光案内書などで配布されているパンフレットを見て探すしかないことになり、それは現地に行かないと手に入りません。

ちなみにマンハッタンにも紀伊国屋書店がありますが、日本の書籍の価格はオリジナルの2倍以上でしたから、簡単には買えませんでした。

なので、マイク氏が教えてくれなかったら、僕はイマジンの碑のことは知らかかっただろうと思います。(少なくともこの時は)

 

 

ジョンの冥福を祈る

ホテル近くの駅から地下鉄に乗り、72丁目駅まで行きます。駅を出るとダコタハウスは目の前です。

そして、ダコタハウス入り口にいたガードマンの方に「Is this the place that John died?」(ジョンが亡くなったのはここですか?)と聞いたら、「It is here he was shot.」(撃たれたのはここだ)と教えてもらいました。

まるで、先生と生徒のようなアホなやり取りですが、そのガードマンさんにここで写真を撮って欲しいと頼んだら気持ちよく応じてくれました。

そして、彼にイマジンの碑はどこかと聞いたら、道を渡ってセントラルパークの中に入れば「Strawberry Fields」の看板があるので、その先にイマジンの碑があると親切に教えてくれました。

後で知った事ですが、ジョンが亡くなった後の1985年にオノ・ヨーコ夫人らの努力で、セントラルパークの中の区域にイマジンの碑が設置され、その周辺の区域をストロベリーフィールズと名付けたようです。

無論、ストロベリーフィールズとは、ビートルズの楽曲「Strawberry Fields Forever」からとられたものです。

そして、遂にイマジンの碑に辿り着きました。この後、ここを何度か訪れていますが、これだけ人が少なかったのはこの時だけでした。

ジョンが亡くなってから17年後、初めて来たアメリカで、長い間の念願だったジョンのお墓参り(正確にはお墓ではないけれど、僕にとってはそのような気分でしたから)が出来て、少し心が安らぎました。

 

 

ブログ後記

というわけで、これが僕の人生の最初の“聖地巡礼”だったのかもしれませんが、あくまで敬愛するジョンの冥福を祈りたいと思って行ったことに揺るぎはなく、お遊び気分でなかったことだけは申し上げておきたいと思います。

さて、次回の「聖地巡礼 in USA」は、これも真面目な話として、アメリカ第35代大統領、ジョン・F・ケネディのお墓参り(これは本当にお墓参り)と、彼が狙撃されたテキサス州ダラスへ行ってきた時のことを書こうかなと思います。

またお付き合い頂ければ嬉しいです。

今回もありがとうございました。

 

(おわり)

 

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